20200524

 日記だ……! 日記が書けるぞ!

 日記が書けるということほど嬉しいことはない。日記に書けるほどのイベントが俺の日常にあったということだから。俺の毎日は決して無色透明で過ごしているうちに端からこぼれ落ちていくようなものではないから。

 そう……だから昨日の日記を今から書きます。

 朝、起きたら六時だった。最近生活リズムの矯正が完了し、朝起きるだけで気分がいい。それが必ず崩れていくかりそめの真人間サイクルだとしても、しばらくは朝の十時に布団に入って「あ~俺今日一日なんにもしなかったな~死のうかな~」と思わなくても済むだけでこんなにうれしいことは……嘘。普通に夜の十一時に布団入っても「死のうかな~」って思うから。

 しばらくボーッとしながら居間で過ごすと、八時からヤクルトの高津監督と古田敦也の対談がテレ朝で放送されていたので見る。奥川の一軍初登板は七月になるらしい。見に行きたいけど、七月はまだプロ野球は無観客開催だろうなあ。

 しばらく記憶が飛ぶ。おそらく朝食を食べて向精神薬を飲んだはずだ。

 その後十時半からNHK杯将棋トーナメントのアーカイブが放送されていたので見る。NHK杯は一週間の楽しみだが、新型コロナウイルスの影響で対局そのものがしばらく延期になっていて、先週からNHK杯の過去の名局を再放送している。先週は38回の加藤一二三九段対羽生善治五段で、今週も同じ年度の大山康晴十五世名人対羽生善治五段。羽生の冴え渡る将棋よりも変幻自在、異常感覚な大山将棋に驚く。守りを固めず開戦しながらいつの間にか玉形が安定しているのはかなり現代的なのでは? 知らんけど。

 放送は正午に終わる。そこからしばらく記憶が飛ぶ。

 しかし、フォロワーから資格取得を促され、自分もそれに向けてやることはやると言ったにも関わらず、家にいると何もできない日々が続く。両親が家にいると決まってこうなってしまう。別に親は嫌いではないが、狭い我が家に異質なものが二人もいるとストレスというのは溜まっていって、何もできなくて……夏。

 向精神薬を飲んで気分は盛り上がり頭も冴えているのに家にいると何もできない。この二律背反にさらされ続けると人は、いや無職は……ゲームをする。パワプロは楽でいい。眺めるだけでいいから。あとは眠れもしないのに横になることだけしかできない。いやマジで。昔WOW WAR TONIGHTという曲があって、その中の一節の「家に帰ったらひたすら寝るだけだから」という歌詞にえらく感動したが、そこから時は流れて、特に家に帰らなくても、つまり外に出なくても家にいるとやることはひたすら寝ることしかないことに気づいたのは相当後になってからのことだった。

 しかし昨日の俺は一味違った。何が? 外に出たのさ。自発的に。しかも歩いて。

 この前の散歩は「新生活様式」という言葉にイラついたからした訳だったが、昨日の俺はもう純度100%の内なる欲求からの散歩だった。散歩はいいね。普段住んでいる町並みの気づかなかった変化に目が向く。そうか、現実は部屋にあったんじゃない。この街にあったんだ。俺はこの街を愛しているぞ! すべてが愛おしい! 旧劇で庵野秀明が言ってたのはこういうことだったのか!

 すぐにバテて喫茶店に逃げ込んだ。ほぼ引きこもっていた無職がいきなり散歩しまくろうとしても無理がある。

 タバコを吸いながらアイスコーヒーを飲んでいると客がもう俺の一人だけになっていた。気まずいな……尻ポケットから文庫本を取り出し一時間ほどその喫茶店に滞在していると、グラスの中の氷はすっかり溶けてコーヒーの風味がかすかに薫る天然水に変わっていたし、窓から見える人通りがまばらになって陽も緩やかに傾き始めていた。

 会計を済ましてその喫茶店を後にした。店員のおばさんが俺に「目薬の注し過ぎはよくないよ」と注意してくれたが、目の乾きを癒やすのは目薬しかないんですよ……心の乾きを癒すものはもうどこにも……といいかけてキモすぎてやめた。「あ、はあ」と曖昧な返事にとどめた。人とのつながりが普段からないから無職は人に話しかけられるとつい無闇に話したがる。

 さて、エネルギーもチャージしたし、もうちょっとブラつく気は一切起きず、むしろこの喫茶店になぜ自転車で直接向かわなかったのかを後悔し始めていたので、ダウナーな足取りで住む部屋へと急いだ。

 帰ってきたからの記憶は一切ない。マジで。昨日の夕食が何だったのか思い出すのがほとんどできない。風呂に入って、タバコ吸ったらもう夜の十一時だった。眠剤を飲んで寝た。