オタク・魑魅魍魎が一斉にターンテーブルを回す! in 灼熱の秋葉原

 緊急事態宣言も解除されて、東京都の休業要請もステップ3まで進んだ。

 東京の天気もここ最近は曇り空や雨が多くなってきて、気温も右肩上がりに上昇していき、ついに季節は梅雨、そして夏なのである。

 夏だ! 海だ! 水着だ! 乳繰り合いの海水浴場バーベーキューだ! 俺も生きてていいんだ! これで引きこもり脱却だ! 早速知り合いの女の子に連絡しなくちゃ!

 LINEの連絡先に女が一人もいなくて絶望してブロックノイズ混じりのBS日テレのニュースを午前4時に見ていた俺は、そっとテレビの電源を切ると半泣きになりながら布団へと静かに戻っていった。

 そもそもこの夏は海水浴場は開かれないし、そもそも俺は女の子と出かけた予定もない。海には行ったことがある。あれは高校を卒業してすぐの頃、男友達と一緒に……。いや、この話はよそう。今じゃ俺を除いてみな社会人。さんざん空気を読めないと周囲の人間に言われてそろそろ四半世紀も見えてきた俺だって、社会人一年目で気負っている友人達を無職の俺が遊びに誘ってダウナー電波を送受信するほど、場の空気が読めないわけではない。

 休業解除段階がステップ3まで進んだということは、秋葉原のゲームセンターは開店しているということである。拭えども拭えども流れ落ちる我が涙を再度拭って一人きりで秋葉原へと向かった。

 ところで秋葉原へ電車を向かうとマスクをしていない俺が悪目立ちをする。そもそも暑苦しいのでマスクなどやっていられないのが理由だが、隣のお姉さんが俺のことジロジロ見てくるのはきっと俺がマスクをやっていないからだよな? 俺が平日昼間からラフな格好で東京メトロに乗って秋葉原へと向かっているからではないよな? 俺が無職だからじゃないよな?

 改札を抜けると常夏だった。ヨドバシカメラのアーケードをくぐり抜けて動乱の秋葉原へと向かう。信号待ちしている間に浮かび上がる蜃気楼は夢・愛・希望・願いのすべて……? 財布をガッチリ握りしめてエレベーターを待っていると一階にあるパチンコ屋の自動ドアが不定期に開閉し、そのたびに冷房の風が俺の全身にまとわりついて急速冷却される。

 これ以上ここいたら腹壊すで、というタイミングでエレベーターが来てとりあえず喫煙所のあるフロアへと向かう。喫煙所の場所は移転していて機動戦士ガンダムエクストリームバーサス、通称エクバというまあ大変に評判がよろしくはない筐体がずらりと並ぶエリアの隅っこで震えながらタバコを吸っている。なんで平日なのにそこそこ混雑しているんだ? お前ら学校はどうした? なんでそんなに声がデカいんだ? なんでタバコ吸っているだけの俺をチラチラ見てくるんだ?

 ようやくタバコを吸い終わると一つ下の階にあるbeatmaniaⅡDXをプレイする。するとどうだろう、4つある筐体のうち3つは埋まっているではないか! 嬉しいなあ、お前ら、どこも行く宛がなくてゲームセンターに来たんだろ? 俺も同じだぜ。

 俺の問いかけに彼らは一切答えない。声を出していないから当たり前である。

 キュッキュッターンテーブルを回し(プレイしたことある人ならわかると思うが、ターンテーブルを回すときにキュッキュッなどという音は生じない)、パチパチ鍵盤を叩きながら、俺を含めたオタク四人の動きが徐々にシンクロしていく。夏へ、コロナウイルスへ、ありもしない女友達へ、この素晴らしいゲームを作ってくれたコナミへ、小池百合子へ、そして神へと捧げるために、俺ら一斉にターンテーブルをキュッキュッ回す。

 キュッキュッ。キュッキュッパチパチ。パチパチ。

 夏はまだ始まったばかりだけど、今の俺にはわかる。今年の夏はきっと最高なことになる。だってゲームセンターが開いていて、beatmaniaⅡDXがプレイ出来る! こんなにうれしいことはないぜ。

 藤井聡太が81のマス目と40枚の駒を使う将棋で新たな地平を開くように、俺もこの7個の鍵盤と1枚のターンテーブルで音楽に、夏に、beatmaniaⅡDXに新たな地平を開くのだ!

 ビバ!

 フロンティア!

 実際はめちゃくちゃ下手になっていて、めちゃくちゃ手が痛くなって、金を無駄にして、俺はまたしても泣きながら秋葉原を去ることになったのである。