そして時は2020とか言ってる場合じゃないよ!

 去年の大晦日は今までのそれとは少し違った過ごし方をしていた。それまでの大晦日といえば、俺は高校時代の友人たちと初詣に行くので、紅白の視聴を途中で打ち切り一人東京メトロの駅へ続く暗い夜の寒い道を歩いていたのだが、今年はしっかりストーブにあたりながら、一人きりで紅白歌合戦を最後まで視聴した。

 そう……風邪で倒れていたからです。

 普通、「倒れていた」と書く時はちょっと盛っている場合が多いが、俺はマジで誇張抜きで倒れていた。ポカリスエットを飲もうと冷蔵庫まで歩こうとしたら急に吐き気が襲ってきて、そのまま膝から崩れ落ちた。死ぬと思った。死ぬかと思ったんじゃなくて、死ぬと思った。

 事の経緯は、こうです。

 クリスマスが過ぎたある日、いきなり咳が止まらなくなって相当つらくなったので、慌ててその日の朝にかかりつけの病院に飛び込み、診察を受けた。季節柄インフルエンザを心配したが、「あのさあ、予防注射受けてないんだからインフルエンザだったらもっと熱が出て辛いよ」はあ……。この医者にはもう15年近く通っているが、患者に対して愛想が良かったことを一度も見たことがない。

 昼飯を食う気力がなかったので、家にあったトッポを少しだけ食べて薬を飲んでMステスーパーライブでも見ようかなと思ったら全く楽にならない!

 結局咳込みながら寝て起きたら母親が仕事から帰ってきてた。俺は全く食欲がなく、母親が作ってくれたうどんをほんの一切れ、3cmほど食べてからまた横になった。体温計で熱を測ったら40度あった。おい! 熱出てるじゃん! 関節にも痛みあるぞ! 辛いぞ! インフルエンザだったらどうするんだ!

 二日目、起床とともに嘔吐。

 この頃から記憶が曖昧になる。固形物を口にした記憶は一切ない。昼間は寝てたような気がする。夜。起きたと同時に再び嘔吐。しかも今度は布団の上にぶちまけてしまった。

 三日目、少しだけ体調が良くなる。前から熱には強いので、今回もなんとかなるだろうと自分の体力を過信していた。大抵の風邪は二日で治っていたのに……。母親に手渡されたソフトクリームの上半分だけ食べる。即嘔吐。全然良くなってないじゃん! 半分泣きながら寝る。辛い。今まで経験した風邪で一番辛い。夜、薬を飲んでゲロを吐く。

 四日目、ピノを一粒だけ食べる。嘔吐。この頃から嘔吐慣れしてくる。昼間、三回連続で嘔吐をする。何も食べられないから寝ていると深夜に起きる。ふと、体調が完全に良くなっていることを知る。

 調子に乗って朝までエロ動画を観まくり、風邪がぶり返す。

 五日目、半泣きで己のしでかしたことの取り返しのなさを後悔し始める。だけど、嘔吐は収まる。食欲は戻ってこない。時間をかけまくってなんとかどん兵衛かき揚げ抜き)を食べる。

 母親の様子がおかしい。体調が悪いのかずっと寝ている。心配になって父親が救急病院に連絡して二人で病院に向かう。母親はインフルエンザだったことが分かって、家の中がパニックになる。

 狂騒の中、寝る。再び未明に起きて、レコード大賞の結果を知る。

 六日目、ようやく本来の60%くらいのところまで回復する。大晦日の朝。食欲が少しだけ戻ってくる。薬を飲ませるために母親を起こす。二人の朝食を買うため、朝、コンビニへ向かう。ついでに諸々の公共料金を支払う。

 母親の体調は依然として悪く、パンを少しだけ食べて薬を飲み再び寝る。

 完全に調子に乗っていた俺は朝からハンバーグカレードリアを食べて、レッドブルで薬を飲む。吐きそうになる。

 ドラマの再放送やアニメを観ていると、いつの間にか紅白歌合戦の時間になり、呆けたまま観ていると、いつの間にかゆく年くる年が終わっている。

 年越せるかよ! 年末のマジで大事なラストスパート、俺寝て吐いてただけじゃん! 2019年の俺の生活、マジで寝てただけじゃん! とテレビの前で泣きそうになりながら言う。NHKに向かって言う。NHKホールにいるはずの綾瀬はるか広瀬すずに向かって言う。そして、失ったものに誓うのだ。

 風呂を沸かし、爆音で第九を流しながら新年の湯船に浸る。あ~こうしてこの一年も過ぎ去ってゆくのだろうな~。取り返しのつかない負債だけが溜まっていき、いつかそれが弾けて未来の俺を襲うことになるのだろうな~。ラベンダー色したお湯に映る揺れた自分の顔を見つめる。

 そして時は2020年、食欲はかつてのようにとは言わないまでも少しずつ戻ってきた。喫煙はしなくなった。「やめよう!」と思ってやめたのではなく、吸いたくなくなってしまったのだ。今年に入ってから一本も吸ってない。マジで。これで肺も健康的になるだろう。

 戻らないのは時だけだ。