ダメ男のバレンタイン

 この国に基本的人権という概念が存在しないのは、都心を走る緑色の人権侵害環状線を見れば明らかだったが、それは就労している人間に対しての仕打ちであり、俺みたいなハナから人権があり人生に実りある生活をかなぐり捨てている無職には無縁のことだと思っていた。

 もちろんこの俺の見立てはバレンタインに送られるチョコのように甘く、朝、カーテン越しの室内に入ってくるのは最低限俺が生きていくに値すると実感できるような暖かな日差しではなく、この社会のスタンスを端的に示す冷気であり、まさか俺のような人間の生活からも仮借なく人権という概念を根こそぎ奪っていく存在があるとは思いもしていなかった。

 見ろよこの部屋、人権を刈り取る形をしているだろ? 俺の身長が伸びた影響か、最近掛け布団から足が突き出る。俺の社会的信用はそれに反比例するかのように落ち込んでいく。

 前回書いたブログ記事を読み返すと、そのあまりの暗さにマジでビビっちまって「お前、大丈夫か? ちゃんと薬、飲んでるか?」と聴きたくなったが、書いた本人は俺だった。どうも冬は向精神薬のパワーを突き破るほどのナーバスを人々に与えるらしく、ただでさえ社会的ステータスが一切なく年中ふらついた生活を送る俺はそのナーバスで毎回致命的な内省を行っているらしい。まあ内省もひとときの夢で、一日寝ればたいてい忘れてるし、忘れてるからこそ未だにこういう生活を送っているのかもしれないが。

 冬の中でもひときわナーバスな気持ちにさせるのがバレンタインデーであるということは国連で正式に決定されている。本命どころか義理チョコすらまともにもらったことがない俺はバレンタインデーと聞くたびに身構えてしまう。何に身構えるのか? 家庭内での俺に対するイジりである。

 俺の女っ気の無さは親戚の中では周知の事実であり、両親すら積極的に「お前はホモなのではないか?」とポリティカル・コレクトネスの境界線を軽々と飛び越えるイジりを披露するわけで、積年の精神的苦痛は俺を半引きこもりの無職という生活に引きずり込むには充分だ。

 また、家庭でも学校でも(自分にも学校に通っていた過去があった。もうはるか遠いことのようだが……)「チョコを貰えないキャラ」という烙印を押されるとキツい。自分はあんまりチョコを貰おうが貰えなかろうが構わないタイプなのに、そういうことを明言すると「童貞が強がっている」という扱いを受けてしまう。何たる不公平! 例えばこれ顔のいい男が全く同じ発言をしたとしてもクールな男として分類されるのだ。顔の良し悪しで立ち振舞が規定されていいのだろうか。今日から俺は日本共産党に入党します。

 昔からこういう「女」の話題はあまり得意な方ではなかった……。もちろん他人がそういう話を繰り広げることは大好きで俺も積極的にイジっていく方だが、俺にその矛先が向かうのは嫌だ、という最悪な保身の意味で。母親なんか「あんた、いい年なのに彼女の一人もいないの?」とか言ってくる。実家暮らしの無職デブ(高卒)の一体どこに彼女の出来る要素があるのか。

 ルサンチマンじみてきた。周りにはなぜか恋愛脳が多いが、特に自分は恋愛脳というタイプではない。ネットでよく見る非モテの怨嗟みたいなものが自分には一切共感できない。いや、俺の人生恋愛の一つや二つがあったところでいい方向に向かう訳がない、という自分のクズみたいな人生に誇りを持っている。逆に言うとお前ら、恋愛ごときで救われるようなダメ人間生活なのか? 許せん! そんなやつはダメ人間じゃない! 出て行け!

 ところでダメ男に惹かれる女性は多いという。だめんず・うぉ~か~ってあったもんな。当方は当代きってのダメ男。ダメ男ぶりにおいては少なく見積もっても東京23区東部では誰にも引けを取らない自信がある。うぉ~か~の皆さん、俺と一緒にウォーキングしませんか。いや、決して恋愛的な側面でのウォーキングではなく、金銭的な援助をいただきたいのだ。われこそはといううぉ~か~の皆様はぜひ田中アハ太郎まで連絡をください。

 ……ところで、親父は俺の父親なことだけはあるほどのダメ男で、この人昼間から酒を飲み昔はよく家庭内で暴力を奮った。中上健次もかぐやである。俺が精神を病んでからはそういう側面は鳴りを潜めたが、相変わらず定期的に会社を休んだり辞めたりして突如としてヒモになったりする。ヒモ(父)とヒモ(子)の奇跡的な共演だ。これが超ひも理論ってやつか? 母親は本物のだめんず・うぉ~か~なことは明らかで、つまりその子供である俺が本物のダメ男であることは自明なのだ。お日様が東から昇り西に落ちるくらいには自然の摂理としてそうなった。最初の一突きは遠いご先祖様かもしれないが、そこからずっといつまでもポケットに落ちないビリヤードボールのようにぐるぐると転がっているわけだ。

 でもそろそろ、走り出すタイミングかもしれないぜ。