2021年のベースボール

 前回のブログ記事で奇跡は起こり得る、それは東京ヤクルトスワローズの優勝であると書いてからもう二ヶ月が経ち、季節はあっという間に冬に突入し、クリスマスの喧騒をひとっ飛びして年末シーズンであり、街を行き交う人々はもはや今年のプロ野球のことなど忘れ去っているかのような振る舞いを見せている。

 しかし、奇跡は起こったのです。それは東京ヤクルトスワローズの優勝という形で、たしかに起こったのです。2021年10月26日に横浜スタジアムでヤクルトは横浜相手に勝利、その試合と同日同時刻に行われていた2位阪神が中日に負けたことによって、マジックナンバーは一気に減って、見事6年ぶり8度目の優勝を決めたのだ。

 青木宣親が真っ先にマウンドめがけてベンチから飛び出し、そして高津監督が胴上げされている光景を滂沱の涙を流しながら見ていた俺は、やはり神は存在すると思ったね。明治神宮の御加護なくて一体どうしてヤクルトが優勝するというのか。春先に「今年のセ・リーグはヤクルトが優勝する」などと言ったら間違いなく狂人扱いをされるに違いないだろうね。みんな、「ああ、96敗のショックがまだ癒えていないんだな」と気の毒な視線を投げかけるに違いないだろうね。そしてまた俺も春先、プロ野球が開幕したときには「まあ、今年は普通の最下位争いをしてくれれば結構だ」と思っていただろうね。

 しかしヤクルトは優勝した。俺に「神は存在する」と思わせるかのような大活躍を起こし、ヤクルトの優勝などありえないと笑う人々に目にもの見せてやったのだ。ヤクルトの選手達が持てる力のすべてを振り絞って奇跡を起こしてみせたのだ。泣くね。泣いたよ俺は。2015年の優勝もドラマチックだったが、今年の優勝は更に格別なものだった。川端康成はかつて『雪国』の冒頭で「国境の長いトンネルを抜けると雪国であった」と書いたが、2021年になってそれは「連敗の長いトンネルを抜けると優勝であった」と書き改めなければならないだろうね。いや、ならねえよ。

 しかし、優勝したからといってめでたしめでたしで終わるほどプロ野球は楽ではない。優勝のあと、さらなる試練がヤクルトを、ヤクルトファンを、そして俺を待ち構えているのだ。一つはクライマックスシリーズであり、もう一つは日本シリーズである。

 1位でペナントレースを終えたヤクルトはクライマックスシリーズファイナルステージで、宿敵・読売ジャイアンツと会敵した。ここで読売を叩き潰し、セ・リーグの真の王者にならなければ日本シリーズには進出出来ないのだ。このクライマックスシリーズ、見るたびにいつも思うけどわずか6球団しかいないリーグの上位3チームがポストシーズンで闘う意味は何なんだよ。曰く興行上の要請だそうだ。これが資本主義リアリズムってやつか? しかし、資本主義の終わりよりも想像することが難しいとされたヤクルトが優勝した今となっては死角なしである。あと、ヤクルトが優位な立場で読売と戦えるので、今後もヤクルトが優勝し読売が2位か3位になった時にはぜひ開催してもらいたい。胸がスカッとするからね。

 そうしてヤクルトは2勝1分でクライマックスシリーズを制した。やはりヤクルトは強い。もう敵なしである。だいたいのヤクルトファンはジャイアンツの菅野が登板する試合は負け試合として数えていたが、その菅野も打ち崩したのだ。偉い! 偉いよお前さん達! ここで再び胴上げ、優勝したときは神宮での胴上げではなかったので、ここではじめて神宮球場で高津監督が胴上げされる。胸いっぱい、夢いっぱいで、涙。ヤクルトの輝かしい未来のあまりの眩しさに、涙。

 しかし、これで終わりではない。最後の試練、その年のプロ野球チームの王者を決める、日本シリーズが待ち構えている。相手はパ・リーグの王者、オリックス・バファローズセ・リーグパ・リーグも前年最下位の球団が日本シリーズを舞台にして日本一を巡って死力を尽くして戦う。奇跡を起こしてきた二つの球団の実力は伯仲で、そこに神は宿る。

 第一戦、第二戦、第三戦と試合の数を重ねるごとに消耗していく俺の精神力と増えていくヤクルトの白星。守護神のマクガフは打ち込まれるなどのハプニングが随所で起こりながら、しかし、ヤクルトは日本一へと徐々に近づいていく。日本シリーズが開幕する前は「まあ、ヤクルトは4連敗しなければそれでいい」などと語っていた俺も、テレビ中継を見る姿勢はどんどん前へ前へと傾いていく。東京ドームで日本一を決められなかったヤクルトは、オリックス第二のホーム球場であるほっともっとフィールド神戸で雌雄を決することになる。

 そして始まった第6戦、俺が思ったことといえば……寒そ~~~。テレビのアナウンサーが気温8度とか言ってたぜ。もう野球をやる気温じゃないよ。ヤクルトが3勝2敗でリードしているんだから、もうヤクルトの勝ちにしてくれよ~。しかし、俺の選手を慮った願い虚しく、ヤクルト打線と相対するはオリックスのエース山本由伸。両チーム5回に1点ずつ入れた以外は全くスコア動かず。流れる時間、白い息、空を切るバット。縺れた試合は12回の表、ヤクルトが誇る代打の神様・天才・川端慎吾タイムリーヒットによってついに動いた。ヤクルトが1点勝ち越し! ついに日本一の時が近付く。

 12回の裏には10回裏から投げ続ける守護神マクガフが変わらずに登板。この日本シリーズ、思えば全てマクガフの掌の上で踊らされていたような気がする。これまでの試合の内容を噛み締めるように思い出しながら、マウンド上のマクガフが、神戸の天然芝のグラウンドに立つヤクルトナイン達がアウトカウントを重ねていく姿を眺める。

 そして――

 オリックスの最終バッター、宗の放った打球はヤクルトのセカンド・山田哲人のグラブの中へ。ファースト荒木へとボールが送球され、アウト。試合終了。ヤクルト勝利。この瞬間、東京ヤクルトスワローズ、20年ぶり6度目の日本一が決定した。

 マウンド上で歓喜の輪が入り乱れ、優勝を決めた時とは打って変わってヤクルトの主力選手たちの目には一様に皆、涙。それを見て俺もまた涙。みんな頑張った。本当によく頑張った。思えば遠くへ来たものである。皆、何もかも懐かしい……。俺はすっかり沖田艦長の心境で、枯れぬ涙を流しながら、日本一の喜びを噛み締めていた。深夜に。

 

 こうしてヤクルトは奇跡を起こし、2021年は東京ヤクルトスワローズが優勝と日本一の栄冠に輝く記念すべき一年になったのであった。ここからがヤクルトの黄金期なのです。

 しかし、たった一年の栄冠で黄金時代と呼べるほどプロ野球は、人生はそう甘くない。それを嫌というほど、2015年の優勝からの低迷期でヤクルトファンは学んでいる。ヤクルトが来年、今年と同じように再び栄冠に輝くかどうかは誰にも分からない。

 分かっていることがあるとすれば、それは一つ。これからもヤクルトの戦いはまだ続くということだけである。人生と同じように。