無職ブタ野郎は中原岬の夢を見るか?

 長い、とても長い夢を見ていた気がします。とても楽しくて、すべてが満ち足りており、あらゆるものに愛と慈しみの精神を分け与え、世界が光り輝くような夢を……。

 結論から言うと無職ブタ野郎は中原岬の夢を見る。これもう面白いくらいに見る。俺くらいの無職ブタ野郎になると、青春ブタ野郎シリーズと違って「田中は本当に無職ブタ野郎だね」と声をかけてくれる友人すらいないので、一人で無職ブタ野郎と自分のことを罵って、自分のことすら満足に救えない己の人生を顧みながらオナニーをする羽目になる。いや、慰めの間は流石に人生振り返ってないよ。

 我が家の近所に創価学会のデカい会館があり、会館の目の前にあるコンビニの前でホットスナックでも食いながらその会館に出入りする人々達を見ると、「古代エジプトで王が自分の権威を誇示するためにピラミッドを作ったという話はどうやらマジらしい」と実感し、いい歴史の課外授業になる。マジでそのくらいデカいし、俺の家の周辺は普通に下町なのでマジでその建物が浮いている。なんか金ピカに光ってるし。

 そこで中原岬はそういえば宗教の勧誘をしていたという挿話を思い出し、そういえば創価学会は勧誘のしつこい宗教であることを思い出し、俺は定期的に会館の周辺をうろついて真実の中原岬を探している。しかし未だにノーヒット。創価学会員の中原岬はなかなか最悪な概念の一つとして挙げられると思うが、どんな形であれ俺は中原岬とコネクションを持ちたい。世界にまだ愛があることを確かめたいのだ。

 ところで、中原岬は丘の上から主人公のアパートを見下ろせる位置に自室があって、そこで窓ごしに佐藤達広のダメ人間生活を目の当たりにしていることが物語の重要な設定でもある。俺もそう思って自室のカーテンを全開にして暮らしているが、中原岬の気配すらどこにもない。響くのは俺のマンションの目の前の狭い道路で何故かロシア人ハーフの少年がバスケットボールの練習をする音と、ビルの屋上に自分専用のゴルフの打ちっぱなしエリアを作ったおっさんが鳴らす音だけです。

 なあ、中原岬よ、俺はお前のことをこんなに探しているのにどうしてまだ出てこないの? なんでピンポン鳴らすのは母親が買った化粧品だか靴だかの通販の宅配員だけやねん。なあ。宗教の勧誘に来いよ! 俺を救えよ! ダメ人間っぷりを見て笑ってくれよ! 近所の公園でカウンセリングしてくれよ! おい! 聞こえてるのか! 中原岬聞こえているのか!

 中原岬はダメ人間だった佐藤達広の様子を見てカウンセリングするのだが、もしかしてこうやって中原岬を積極的に追い求めている姿はダメなのでしょうか? ダメ人間が救いを求めるために奔走するというのは本質的に中原岬が救う対象ではないということでしょうか? だとしたら俺は一体何のためにこんなことを……学会の周りをコソコソ隠れながら移動して警備員に注意される羽目もなかったし、いつも通りカーテンを開けたら向かいのアパートに住む婆さんが俺の部屋をガン見してたこともなかったのに……

 もう中原岬が出てこないと俺の人生取り返しがつきません。中原岬が責任を取るまで、俺はこの世界の陰謀に向けて突撃するしかねえんだよ(このネタ誰が分かるんだよ)。