生きてくだけだろ!?

 ああ~今日はいい感じになってきたな。朝からトイレも済ませたし飯も食ったし何ならセンター試験の受験案内まで注文しちまったぜ? 結構いい感じじゃんオレ。今日は図書館にまで行って勉強するかな。最近精神弱ってて何もできなかったけど、無事社会復帰できそうなところまでのメンタルは戻ってきたな~。

 ……だが、こういう時こそ注意が必要だ。

 精神が弱ってて何もできず自殺寸前まで後一歩どころか三センチメートルくらいの距離までいる時から、徐々に精神を回復させ、今では文庫本を読めたり受験案内を発注出来るくらいまでの精神にした俺は偉い。だが、こういう時、少しでも油断するとすぐに精神がダメになる。しかも、前よりもっとひどい状態になるのだ。ダイエットのリバウンドみたいなものだ。ああ~食事制限して体重もすっきり落ちたな。ちょっとだけ食べるか……という風にしていたら、いつの間にかすっかり体重元通りどころか前よりも太ってるじゃん! となりがちなのだ。

 飛行機で例えてみよう。

 飛行機の目標は無事滑走路から離陸して空を飛び目的地に着陸することだ。離陸を勉強、着陸を1日の勉強の終わり、と今の俺の生活に重ね合わせてみる。

 滑走路から離陸するには、まず滑走路での助走が必要だ。精神状態を回復させるためにメンタルクリニックに行ったり外に出てみたり上手く行けば本なんか読めちゃったり。無事、結構なスピードが助走で出てきた。後は離陸するだけだ……というときに限って、俺の精神ではエンジントラブルが見つかるのだ。

 エンジントラブルが見つかると飛行機は飛べない。俺の精神がトラブルを起こすと、当然勉強する、という離陸まで持っていけない……。

 もちろん勉強出来ない、だけだったらまだいいだろう。今日はゆっくり休んで明日もう一度離陸を試みよう、となる。しかしそれだけに収まらないのが厄介なところだ。飛行機が離陸出来なければ乗客のフラストレーションも高まる。それと同じようなことが俺の精神にも起こる。

「今日こそは勉強しようと思ってたのに結局勉強できなかった……俺はなんてダメな人間なんだ……」「こんな俺に生きる資格はない。死んだほうがいいのではないか……」「そもそも将来このまま生きてたって俺がこんなゴミ人間なら苦しみばかりが増えるだけで良いことなんか何もない……」「こうやって周りの人間の期待を裏切って死んでいくんだ……なら迷惑をかけないためにも今死んだほうがいいんだ……」「こうやって言い訳みたいなブログ書いているけど本当は出来るはずなんだ……でもやらないだけなんだ……それを言い訳みたいにしてこういう風に書くことしか出来ない、浅い人間なんだ……」「俺はクズだ……」「クズ人間だ……」「お父さん、お母さん、ごめんなさい……」

 という風になるわけだ。

 で、今まさに俺はこういう精神状態にある。

 誰か助けてくれよ。

 誰か助けてくれよ!

 おい!

 中原岬はいつ来るんだよ! 俺も苦しいぜ! 俺もダメ人間だぜ! 引きこもりではないけど無職だぜ!

 世界の陰謀に頭を悩ませ、布団の上でのたうちまわっている。本棚の中で涼宮ハルヒが挑発的な笑みを浮かべて俺を見下している。そんな目を俺に向けるな! そんな顔で俺を見るな! 知ってるぞ! 友達だと言ってくれる人間も俺のことを本当は馬鹿にしているんだろ! 軽蔑しているんだろ! あいつみたいにはならないでおこうって思ってるんだろ! 優しさなんてないんだろ! 死ねばいいって思ってるんだろ! 助ける気もないんだろ! 野良犬に餌を与えるようなことはやめろよ! 神様にでもなったつもりかよ! 俺だって生きてるんだよ! 苦しみながら生きてるんだよ! 馬鹿にするなよ! 俺のことを笑うなよ! なんか言えよ! 言ってみろよ!

 俺が泣きながら壁を殴っていると、唐突にインターホンが鳴った。親父が応対するはずだが、そういえば今日は家に誰もいなかった……。そうやって部屋の中をじろじろと見回している間にもしつこくピンポンピンポン鳴っている。しつこいな。

 ……もしかして、中原岬か!?

 冷静に考えてみたらそのはずはなく、そういった発想が出て来ること自体が充分気持ち悪いし生きている資格のない人間なのだ。だが俺はあの時、敵(って誰だ?)からの電波攻撃により精神状態がおかしくなっていた。一縷の望みの影が見えた気がした。急いで玄関まで走ってドアを開けると……

「こんにちは。佐川急便です。こちらAchtungさんの家でよろしいですか? こちらお求めの資料となっています。料金後納ですので注意してください。支払い用紙は袋の中に入っています」

「あ、どうも、ありがとうございます……」

 中原岬ではなかった。俺の涙でぐちゃぐちゃになった顔を見て、佐川急便のお兄さんは若干引いていた。というか、平日の真昼間に若い男一人がいる時点で引いていた。みんなそうやって俺のことを馬鹿にするんだ。みんなそうやって俺に死ねって言ってくるんだ。

 俺はセンター試験の受験案内が入っている袋を靴箱の上に置くと、財布を持って、そのままホームセンターへ向かった。

 首を吊るためのロープを求めて。