夢で夢でみんなとおんなじ会話してたよ

 まあ眠れないので夢は見られないんですけどね。

 俺は今少し怒っている。何に? 先ずはこれを見てほしい。

 

俺みたいにはなるなよ - 夜明け前

 このどうしようもない男は厭世詩家と女性という中学生でもつけないようなハンドルネームでインターネットをやっている人間のクズなのだが、このブログに書いてある通り、俺はこの男とオフ会をした。だが、俺が怒っているのはこのブログの記述ではない。その記述量だ。俺の聖人君子がごとき振る舞いをあいつはあまりにも簡素化している。恩義を忘れているのだ。ここに、その真実を記す。

 御徒町あたりのカラオケで筋肉少女帯の曲だけを歌うオフ会をやろうという話になった。あの時の俺はおかしかった。滝本竜彦の「超人計画」を読み、何か自分でもアクションを起こせば精神も回復するのではと本気で思っていた。そこまでは良かった。人選は最悪だった。

 幾度の寝坊を経て15時に待ち合わせ時間が変更になった。そもそも13時に待ち合わせの予定だったので、お前待ち合わせに二時間も遅れるから大学院にも落ちるんだよ、と喫茶店の中で悪態をついていた。店員の怪訝そうな表情を振り切って喫茶店から出ると、太陽に焼き殺されると思って若干イカロスの追体験をしている時、唐突にそのDMが入った。

「神田駅のトイレ前でゲロ吐いてしまって、全身ゲロまみれになってしまった」(原文ママ

 俺は思わず笑ってしまった。今の俺のより惨めな存在がいると思ってちょっと安心して、機嫌がよくなり駅構内でポイ捨てしたりした。だが、よく考えると惨めにも二日酔いで全身ゲロまみれになった男は今から俺が会う予定の男だ。こいつ、どうするんだろう、と思っていたら、またDMが来た。

「神田までシャツとズボンを持ってきてくれないか?」

 俺はそのままiPhoneを地面に投げ飛ばして家に帰ろうと思った。この男いくらなんでも厚かましすぎるだろ……。正直ちょっと引いた。俺がわざわざこいつの泊まっているシェアハウスまで行って代わりの服を用意するのかな、と思った。交通費と慰謝料を請求するかとスマホの電卓アプリを立ち上げたところ、続けて

「コンビニで適当に買ってきて」

 ついに俺は激怒した。御徒町駅構内で絶叫した。神を呪った。太陽を呪った。山手線を呪った。ついでに昨日こいつと飲んだフォロワーも呪った。この男を生かしてはおけないとちょっと本気で思った。

 だが俺は相互フォロワー思いのいい青年だ。ちょっと心に矢が突き刺さって壊死してしまったため社会復帰が遠のいているだけで本当は自然を慈しみ老婆とともに交差点を渡る好青年だ。Achtung、ここでこの男を見捨てたら俺はいいが、この男はどうなる……? こいつは神田駅で延々とゲロまみれなのだ。おそらく裸なのだ。どうしようもない悪臭が立ち込めているに違いない。やがて電車も終わって駅も締め切る。警備員が巡回に来るだろう。一つ、トイレの個室に鍵がかかっている。警備員はおそらくこう思うだろう。終電から降りた酔っぱらいが駅のトイレで吐いている。肩を組んで外に出すか……「お客様、もう駅閉じちゃいますよ」厭世は恥で何も言えないに違いない。違うんです警備員さん、僕はもう昼からずっとここにゲロまみれでいるんです。裸なんです。とは言えないだろう……やがて力づくで警備員が扉を開けると、そこは全身ゲロまみれで裸の厭世が涙を鼻水を垂らしガチガチと震えている……。

 そうなってしまったらあまりに忍びない。というか厭世は絶対何らかの罪で捕まるし、そうするとあいつは口が軽いので絶対俺のことを話す。警察の手が厭世を蹂躙するだけならいいが俺まで及ぶと笑えない。

 幸い御徒町の横にはユニクロがあった。メンズ売り場の三階にいたオシャレな店員に、俺は恥を忍んでこう言った。

「友達がゲロを吐いてしまって、その、服がゲロまみれらしく、代わりになる服を探しています。本当にぼろぼろの品質で構わないので、一番安い服をください」

 俺は死ぬかと思った。というか死のうと思った。恥ずかしいとかいうレベルではなく、体のうちから炎がついてそれにのたうち回るかと思った。なんで俺はユニクロの店員にこんなことを言わなくてはいけないのか……厭世への憎悪を募らせていく。

「あ、それならここにありますよ」

 店員は笑顔で応対したが、その笑顔が作られる直前の引きつった顔を俺は見逃していない。

「ここなら上下合わせて二千円以内です。下はショートパンツになってしまいますが大丈夫ですか?」

 あいつのすね毛が露出するのは見るに堪えないほど不快だが、仕方ない。

 俺は適当に見繕ってそれを買った。大体二千円だ。

 俺はそのまま山手線に乗った。ユニクロの袋をぶら下げ、神田まで向かう車内で、俺はなんでこんなことをしなくてはいけないのかと思った。一時に御徒町駅で集合し、そのままカラオケに行き、時間が余ったからバッティングセンターで時間を潰そうと思っていた俺の淡いプランの上にあいつのゲロがたんまりとぶちまけられた。常人ならキレてもおかしくないし、俺はマジでキレかけていたが、ここで俺があいつを見捨ててしまっては上述のような事態になりかねない……と思って歯を食いしばって神田駅のトイレへと向かった。

 神田駅のトイレの個室は二つあった。俺は厭世と言おうとしたが、いくら厚顔無恥傍若無人でも流石に神田駅のトイレで「厭世~」と言いたくはなかった。今度こそ恥ずかしさで死ぬと思った。一瞬母親の顔が俺の視界にちらちら映った。唐突に俺はあいつの本名を思い出した。本名で呼び出すと、情けない声が帰ってきた。

「おお公的~ここだよ」

 ドアが開いた。そこにいたのは完全に憔悴と疲弊を同時に表情に浮かべている厭世詩家と女性だった。俺は一瞬本気で憐れんだ。黙って服を渡す。厭世の顔とユニクロの袋はそのまま扉の向こうに吸い込まれていった。穴があったら俺が入りたかった。こいつの関係者と思われたくなかった。個室に並んでいる便意を催している最中のみなさんにどのように詫びればいいのか分からなかった。泣きたいのは俺の方だった。

 厭世が着替えている時、声が聞こえた。

「死にたい……」

 死ねよ。本気でそう思った。